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教育が受けられないということはどういうことか考えてみる

私たちは、途上国の貧しい子どもたちが教育を受けられないでいること、子どもなのに労働力になっていることを、知っているはずです。

テレビで見たり、誰かから聞いたり、どこかのポスターを見たりして、知っているはずです。

だけど、そのことがどういうことなのか実感していないのではないでしょうか。

私は、正直エコモチ事務局を担当することになってからはじめて、このことを自分の頭で考えてみました。

小さい頃、「大きくなったら何になりたい?」とよく大人に聞かれたものです。
「警察官になりたい!」「お医者さんになりたい!」「ケーキ屋さんになりたい!」など、子どもながらに夢を語りました。

だんだんと大きくなるにつれ、この教科は自分に向いてなさそうだとか、自分はこういうものが合いそうだとか、いろいろな理由で自分の将来を少しずつ考えていきました。

だけど、小学校に行けない子どもは、文字が読めません。算数ができません。
そうすると、お医者さんにも、教師にもなれないわけです。

教育が受けられない子どもは、夢を描くことができないのです。

もし、自分が文字を読めなかったら、いまあなたがしているように、パソコンを使って、インターネットでウェブサイトを見て楽しむことだってできません。

教育が受けられないということは、どういうことか。


「すべての子どもに教育を!」
どこかで聞いたことがあるはずです。
でも、その重みは、自分でどこまで想像できるかによって、受けとめ方が変わってくるのだと思います。

エコモチをきっかけに、世界とつながる。
イマジネーションを世界にひろげてみましょう。
自分がこれまであたりまえのように受けた恵みに感謝して、自分がたくさん社会に貢献できる存在であることに気付くことでしょう。

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2008年10月01日 17:37に投稿されたエントリーのページです。

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